前置きの有無
「すみません。企画書、チェックしてください」
「今週の金曜日、休んでもいいですか」
例えば、あなたが部下からこのようなことを言われる立場にあるとしましょう。
依頼する、許可を得るこれらの言い方をどのように感じますか?
「コンサート、一緒に行かない?」
親しい間柄でのやり取りでも構いません。
人に何か依頼をしたり、許可を得たり、オファーをする場合、いきなり「頼む」「誘う」ということはしませんよね?
おそらく、多くの人がその前に、「前置き」のフレーズを入れているはずです。
「すみません。先日の案件に関する企画書を作成したんですが、
見ていただけないでしょうか」
「健康診断の再検査を今週中に受けたいんですが、
今週の金曜日に休みをいただくことは可能でしょうか」
「一緒に行く予定だった友達が急に行けなくなっちゃったんだけど、
一緒にコンサート行かない?」
「前置き」と言うと少しわかりにくいかもしれませんが、
次のようなことを「言いたいことを言う前に言う」言葉を指します。
・その時の自分の置かれた状況を相手に説明する
・なぜ「頼みたい」のか、「オファーする」のかなどを説明する
これは聞く人の立場に立って行うものです。
冒頭のようにいきなり「本題」に入ってしまうと、聞く側の人は状況が掴めず困惑します。
そこで疑問が生じ、それを相手に尋ねます。
「すみません。企画書、チェックしてください」
「この企画書って、何の企画書のこと?」
「今週の金曜日、休んでもいいですか」
「どうして休むんですか?」
話し手が状況説明をしっかりとしてさえいれば必要のないやりとりが、一つ増えてしまうことになります。
効率的な会話がいいということではなく、
しっかりと状況説明ができていれば本来この質問自体全く必要のないものなのです。
外国人の場合
では、日本語を使う外国人に限定して考えてみます。
日本語を学校やテキストで学んだことがある外国人でしたら、
この前置きは学習項目に入っているので必ず知っているはずです。
『〜んです』という項目で、様々な使い方の練習をします。
・話し手自身の状況説明
・状況を元に相手に問いかける
・理由を聞く、説明する
・前置き
ただ、これらを学ぶ段階では上記のような「どんな時に使うか」について説明をし、
練習をするところまでにとどまっています。
この段階(学び始めて4ヶ月〜半年でこの項目が出てきます)であまり難しい説明をしても
理解には至らないからというのが理由です。
このような背景があるからか、「前置き」の用法はあまり定着せず、
「依頼」「質問」がどうしても先行してしまい、
冒頭のような聞き方になってしまっている外国人が多いように感じます。
この「前置き」の用法で本当に彼らに伝え、理解してもらわなければならないのは〈相手への配慮〉です。
人に何かを頼んだり、聞いたり、誘ったりする時などには、
どういう状況に自分が置かれていて、どういう理由でそれを頼んでいるのかをまず相手に伝える必要があります。
また、相手が知りたい、わからないだろうと思うことは、
予め説明する責任も伝える側にあると言えます。
それをした上で、相手への働きかけを行うのが良いコミュニケーションではないかと思うのです。
「これして」「あれして」など、自分を優先するのは良いコミュニケーションとは言えません。
日本語学習の観点から考えると、この『〜んです』の使い方で「説明」「理由の説明」「問いかけ」は
外国人にもわかりやすいようで、比較的上手に使いこなしている人は多くいます。
「どうして今晩の食事会、参加できないんですか」
「すみません。先約が入っているんです」
「どうしたんですか。顔色が良くないですよ」
「髪、切ったんですか。すごく似合ってますよ」
しかし、前置きの「〜んですが、〜」になると、とたんに耳にすることが少なくなってしまいます。
・全く前置きを言わずに用件だけをいう
・前置きはするが、「〜んですが」が使えず2文になってしまう
(これは悪くはありません)
相手のことを考えたコミュニケーションを目指すなら、
要件をいきなり話すのは決して良いコミュニケーションの取り方だとは思えません。
単に前置きの有無というだけの問題なら、その人の性格や文化的な背景が影響していることも考えられます。
しかし、「使えない」「言い方がわからない」ということなら日本語力の問題ですから、
問題点をはっきりさせることができますし、改善の方法も明確化できます。
日本語の問題なら考えられる原因は次の3つです。
・「前置き」の用法をきちんと理解していない
・「んですが」の接続で躓く
👉動詞は「です・ます」以外の形/忙しいんですが/複雑なんですが/出張なんですが〜
・まだ複文が話せる日本語レベルではない
コミュニケーションとして考えると
実際に用件だけを言われると違和感を感じます。
特に自分が対応できない状態の時などは相手の要望に応えてあげようという気持ちになりません。
☆相手のことを考えて発言する
☆相手の立場に立ってみた時に自分ならどう思うかを考えて発言する
☆自分の言いたいことだけを言わない
☆相手が欲しいと思われる情報はしっかりと伝えておく
☆適切な表現方法を知る
このようなことは我々日本人には簡単なことですが、
他言語を使ってコミュニケーションをしている外国人にとっては、
先ほども触れた習慣や文化的な背景、言語習得と運用の難しさなどで、そう簡単にはいきません。
一言に「相手のことを考えて使え」で済ませるだけでは、
根本的な問題の解決には繋がらないように思います。
問題の原因はどこにあるのかをはっきりさせる
日本語力の問題なのか、文化的な問題なのか、その人個人の個性なのか、などを明確にし、
こちらがどのような理由で違和感を感じているかをしっかりと伝え、
お互いに歩み寄りながら「共有」できるコミュニケーションが構築できるよう努めていければ、
それが一番なのではないでしょうか。