社内でのコミュニケーション改善に役立てていただければ幸いです。
思い出します。
昔受けた日本語教育能力検定試験でこの二つの用法に関する記述問題が出て、
時間が過ぎていくのに焦りながら一生懸命解答を書いたことを。
日本語を使う外国人を悩ますものの一つに
「〜てあげる」「〜てもらう」「〜てくれる」
の行為の授受表現というものがあります。
私たちは普段、あまり意識せず日常会話でこれらの表現をよく使っていると思います。
日本語を使う外国人は、まずそれぞれの使い分けに苦労します。
さらに「貸す/借りる」「見る/見せる」などが一緒になると、
混乱して当てずっぽうで使っている、という人も多くいます。
また、この授受表現には「感謝の意を伝える」意味があるため、
使い方を間違えると相手を不快な気持ちにさせてしまう場合もあります。
一つずつ、詳しく見ていきたいと思います。
気持ちが入るか否か
・彼は私を飲み会に誘った。
・彼は私を飲み会に誘ってくれた。
下の文だと、「呼ばれて嬉しかった」「行きたいと思っていた」「読んでくれてありがとう」
などの誘った相手に対する話者の感情が入ります。
つまり、相手の行為に感謝したり、嬉しい気持ちを相手に伝えるためには
「〜てもらう/くれる」を使うということです。
相手に感謝の意を伝えるというのは、
コミュニケーションではとても大切な要素ですよね。
一方、上の文は、起こった事実だけを言っています。
「呼ばれて嬉しかった」などの話者の気持ちは全く入りません。
嬉しかったかもしれませんし、迷惑だったかもしれませんが、それには言及しません。
これだけでも、場面によってはコミュニケーション上問題になりそうな「種」はありますよね。
注意したい使い方
さて、これまでは「相手のした行為に感謝する」という使い方でしたが、
では自分が相手のために何かをする/した場合はどうでしょうか。
もう勘のいい方はお気づきかと思います。
先ほどは「相手の行為に感謝し、それを伝えるために授受表現を使う」と書きましたが、
自分が相手に何かをした場合、次のようになります。
上の説明のいくつかの言葉を入れ替えてみると…
「自分の行為に感謝させ、それを伝えさせるために授受表現を使う」
これが「自分の行為に授受表現を使った」場合の説明になります。
これは適切か、ということが問題になります。
具体例を挙げてみます。
(話者は日本で働く外国人だと想定します)
・私の国にいらした時は、案内します。
・私の国にいらした時は、案内してあげます。
下の文のように「てあげます」を使うと、
・押し付けがましい
・恩を売っている→感謝させる
・相手に感謝を強要している→感謝させ、それを伝えさせる
・上から物を言っている
こんな印象を受けませんか?
相手からしたら、「ご迷惑をかけます」「ありがとう」といった気持ちに
「ならなければならない(感謝の強要)」と思ってしまうのではないでしょうか。
このような意味合いがあるので、
「てあげます」を親しくない相手や上の立場の人に使うのは、
日本の社会では避けた方がいいと言われています。
とは言っても、我々日本人は目上の人などにこのような使い方はしていないはずです。
外国人に「なぜダメか?」と聞かれて説明はできなくても、自然と身についているんですね。
この自然と身についている言葉の使い方というが、
母語ではない人にとっては一番難しいところなのかもしれません。
日本語学習の教科書には意味や用法/例文だけで、
使う相手や言われた相手の気持ちについては書かれていません。
そもそも、授受表現を使うことによってどのような効果があるかがいまいちピンとこない、
という外国人は多くいます。
原因の一つに上下関係や親疎で言葉を変えるという文化自体がない国である、
ということも挙げられるかと思います。
言葉の使い分け以前の問題ということです。
考えてみてください。
みなさんも、英語を使う時に
目上の人にいきなり「You」と言うことに気が引けた、という経験はありませんか?
母語ではない言葉を使うときには、
文化的ことも私たちが思っている以上に重要になるのです。
・彼は私を飲み会に誘ってくれた。
相手の行為に感謝しているときは「てもらう/くれる」を使いましょう。
・私の国にいらした時は、案内します。
相手(目上など)に対する自分の行為に「てあげる」は使わないようにしましょう。
対処法
【てもらう/てくれる】
相手の行為に対して感謝を述べる表現なので、
相手に感謝している/感謝を示すべき相手/感謝を表すべき場面なら使う。
これだけ注意するように言っておけば十分だと思います。
△「〇〇さんは私に言葉を教えた」
◯「〇〇さんは私に言葉を教えてくれた」
ただ、その相手や場面に関しては、
時間をとって確認するという作業が必要となることもあるでしょう。
【てあげる】
先ほど書いたように誰に使うか、ということに気をつけて使う必要があります。
普段、
会社内で上司と話す
取引先の方と話す
営業で新規の方と話す
などの言葉遣いに気をつけなければならない機会が多い外国人社員の方を抱える企業の方は、
この「行為の授受表現」の使い方には気をつけるよう十分指導された方がいいと思います。
上下関係と、親疎の意識から教える必要があります。
最後に
相手が外国人だとわかっていても、親しくない人間にいざ面と向かって
「教えてあげる」「やってあげる」と言われると決して気分のいいものではありません。
わかっていても、です。
僕自身もこれまで多くの外国人学習者に接してきましたが、
「彼らにとって日本語は母語ではないし、文化も違う」とわかっていても、
やはり不快に感じることはよくあります。
日本語を教える立場の人間でも感じるのです。
普段日本語を使う外国人と接する機会が少ない人なら、
なおさら不快に感じる可能性は高くなります。
特に、ビジネスシーンや初対面ではさらにリスクは高まります。
日本人は相手の発言に不快感を感じても、
よほどのことがない限り、それを口に出して指摘するということをしません。
気づいたら相手との関係が悪くなっていた
契約の更新ができなかった
取引が白紙になった…
こんなことが起こらないためにも、
日本で働く以上、このような発言の原因を正しく理解し、対処されることをお勧めします。
それが彼ら自身のためでもあり、会社のためでもあります。