「知りません」/「わかりません」
私たちが日常生活や仕事などでコミュニケーションを取る際、
「わからない」と「知らない」という表現を使う場面は多くあります。
それは、日本で生活をする多くの外国人も例外ではありません。
彼らは、日本語を学び始めて間もない段階からこれらの表現を使っています。
しかし、「使う」と「使える」とでは大きな違いがあります。
そこに言語によるコミュニケーションの本質があると僕は思っています。
「使う」だけでは単なる一方通行で、「共有するコミュニケーション」にはなっていません。
それ故、コミュニケーションギャップが生じ、円滑なコミュニケーションの妨げとなる恐れがあるのです。
この二つの表現に関する誤用は、「伝わり方」という側面から見ると、
日本語を教える立場として楽観的に考えられないところがあります。
日本語が母語である人であれば、どのように使うのがベストなのかは自然に身につきます。
しかし、外国人の中には「知らない/わからない」の違いや、
それらの「伝わり方」を十分に理解しないまま使ってしまっている人が少なくないと感じます。
今回は、トラブルを生みそうな使用法、我々日本人の受け取り方について
具体例を交えてご説明していきたいと思います。
具体例
まずは、次の会話の具体例を見てください。
皆さんは普段「わからない」「知らない」のどちらを使っていますか?
①
A:駅前にできた〇〇という店、知っていますか?
B:いえ、知りません/わかりません
②
A:いい会計ソフトが見つからなくて困っているんですが、何か知っていますか?
B:知りません/わかりません
③
A:明日から三連休ですね。休日の予定は?
B:まだ、知りません/わかりません
④
A:このポジションは田中さんが適任だと思うんだけど、引き受けてくれるでしょうか。
B:知りません/わかりません
一つずつ順番に見ていきたいと思います。
知識や情報 「知りません」
B:いえ、知りません/わかりません
「知りません」が適当です。
これは、単に情報や知識がないということを言いたいので、「知りません」を使います。
相手もそれだけを聞いています。
質問にも「〜知っていますか」とありますので、外国人であっても迷うことなく正しく答えられるはずです。
別の答え方・・・「いえ、聞いたことがありません」「〇〇。さぁ…」「いえ、初めて聞きました」 etc
相手が情報を求めている 「わかりません」
B:知りません/わかりません
これも「〜知っていますか」と聞いていますので、「知りません」と答えることは可能です。
しかし、「わかりません」の方を使っている方が多いのではないでしょうか。
それはなぜでしょうか?
①との違いは、Aの発言意図にあります。
①では単に店のことを知っているかどうかを聞いてるのに対し、
②ではAがBに情報を求めているという点です。
つまり、②ではAがBを頼っていることになります。
そのような相手に、単に情報の有無だけを伝える「知らない」だと、
相手の気持ちや立場を考えない突き放した言い方になります。
相手には冷たい印象を与えます。
「わかりません」には
「(あなた聞かれたことを)考えてみたけれど、自分には想像ができない」
という意味があります。
何らかの思考を巡らせた。
つまり、「あなたの心情を考えた上で発言しました」というメッセージになります。
自分に関すること 「わかりません」
B:知りません/わかりません
これも「わかりません」ですね。
「知りません」と答える人は恐らくいなのではないでしょうか。
この会話では、②のように相手の気持ちを慮って、というより、
「自分のこと」を「知らない」ということが変だからです。他人事に聞こえてしまうのです。
自分自身に関することで「情報がない」ということはあり得ません。
「どうするかまだ決まっていない/決めていない/迷っている/検討している」
という意味で使うわけですから、「考えること」を含む「わかりません」が適当ということになります。
別の答え方・・・「まだ決めていないんです」「どうしようかなぁ、と思っているんです」
「まだ何も考えていないんです」etc
相手が不安を抱えている 「わかりません」
B:知りません/わかりません
最後の会話です。
「知りません」を使うことは可能ですが、
これもまた「わかりません」を使っている人の方が多いのではないでしょうか。
まず、単なる情報ではないということはわかります。
「考える」=「相手の発言をしっかり受け止めている」
このように考えると、「わかりません」の方が適切な理由がお分かりになるかと思います。
Aは心配をし、不安を感じています。
「田中は引き受けてくれるだろうか」
「田中が引き受けてくれなかったらどうしよう」
このような心境の相手に情報の有無だけを伝える「知らない」だと、突き放したような言い方に聞こえます。
不安な相手に寄り添ってあげていない、ということですね。
別の答え方・・・「どうでしょうかね」「聞いてみないとわかりませんね」「聞いてみましょうか」
まとめメモ
印象・・・相手の立場になって考えている。一緒に考えている
印象・・・単なる情報の伝達。機械的で冷たい。自分とは関係がない。他人事
*カジュアルな会話では「知らない」(普通体)は用法が広くなり、多くの場面でも使えます。
外国人の使用と我々の受ける印象
こうして改めて見てみると、私たちは様々な根拠があって言葉を選んで使っていることがわかります。
ただ、これは誰かに教えてもらったものではなく、自然と身につけたものです。
滞在期間にもよりますが、これと同じこと(慣れろ)を日本語を母語としない外国人に求めるのは
あまり親切とは言えません。
しかし、彼らの言い方一つで、我々が不快に感じることがあるのも事実です。
A:週末は何をしますか?
B:知りません。
「ん?」と思いますよね。
話題を作ろう、お互いのことをもっと知る必要があるだろうと思って聞いたのに、「知らない」って…
普通の日本人は、
「『知らない」じゃないよな…
でも、この二つの使い分けは難しいから、故意に使っているわけじゃないんだろうし…
きっと「わからない」の意味で使ってるんだろうな」
こんなことを会話の途中で考えたりはしません。
聞いた言葉が不快なら、相手に対して不快な感情を持って終わりです。
そしてそれが積もり積もっていくと、その人と距離を置くようになってしまいます。
解決方法
このようなコミュニケーションの溝を埋める解決方法としては、次の二つです。
①日本人の方が日本語を外国語としてみる習慣をつける
②適当ではない(相手を不快にさせる可能性がある)日本語の使い方は直してあげる
あくまで私たち日本人ができること、という視点からの解決策です。
最後に
ほんの小さな違和感を感じただけの言葉でも、何度も聞けば大きな不満に発展します。
正しい言い方を知らない、本人が気づいていないことだけが原因で、
コミュニケーションがうまくいかず、お互いストレスを抱えてしまうのは非常に残念なことです。
何が原因で、どう対処すればいいかを知ることで、ほとんどの誤解は取り除くことができます。
外国人と接する機会の多い方、外国人財を抱える企業の方には、
ご自分の日本語と外国人たちへの接し方を今一度思い返してみて欲しいと思います。