日本語は外国語

曖昧に聞こえる「なるべく」と「できるだけ」

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「なるべく」「できるだけ」

私たち日本人がよく使う表現に「なるべく」「できるだけ」があります。

それぞれ、辞書で調べると、次のような意味が書いてあります。

なるべく・・・可能であればそうしたい、そうしてほしいという気持ちを表す。できることなら。

できるだけ・・・可能であれば。できることならば。

                                   三省堂 大辞林

ここでは、この二つの表現の用法や違いを分析するというのではなく、
外国人に対して使うとコミュニケーションにどのような影響を及ぼすかという面から話を進めたいと思います。

まず、この二つの表現の意味と用法を簡単に確認します。

「なるべく」

動詞の「なる」が使われていることからもわかる通り、

「人為的ではなく、自然の成り行きで変化し、別の状態が現れる」

というのが根本的な意味です。

「周りの状況、成り行きに応じて可能な限り」という意味で使う言葉です。

この書類、なるべく早く仕上げてくれるかな。

この依頼の文を上記の説明の通り考えると、

「状況に応じて可能であれば早く仕上げてほしい」

ということを相手に伝える言い方になります。

状況に応じて対応するため、時間がかかっても構わないという意味を含みます。
依頼の表現としては「弱い」と言え、「何が何でも、絶対に」という意味は薄くなります。

「できるだけ」

可能を表す「できる」と、範囲や限度を表す「だけ」からなる言葉です。

つまり、「これ以上できないという可能の限界まで」という意味になるわけです。

大変だろうけど、この書類、できるだけ今日中に仕上げてくれるかな。

こちらは「できうる最大限の努力で」という意味がありますから、どちらかというと「強い」依頼表現になります。

「必ず、100%」とまではいきませんが、相手への依頼は積極的なものになりますから、
依頼された方は主体的に取り組む必要があると言えます。

それぞれには、簡単にこのような意味用法と違いがあります。

「なるべく」「できるだけ」の伝わり方

さて、冒頭でも書いたように、外国人とのコミュニケションを考えた場合、
この二つの意味や違いを細かく分析しても大した意味はありません。

コミュニケ―ションというのは「本来はこういう意味なんだ」ではなく、
相手にどう伝わるか、相手がどう理解するか、が何より重要だからです。

ということで、我々が外国人に対してこの二つの表現を使って依頼をしたり、指示をしたりした場合、
果たして彼らはどのように受け取るのか、ということにポイントを置いて考えてみます。

日本人の場合

そもそも私たち日本人は上記で説明したような意味と用法の違いをしっかり理解した上で、
相手に対してこの二つの表現を使っているでしょうか?

この二つをなんとなく、その場の雰囲気で使ってしまっている人のほうが多いのではないでしょうか。

もっと言うと、本来の意味とは違うメッセージを込めて使っている、ということはないでしょうか。

だとしたら、外国人にとっては甚だ迷惑な話ですよね。

・意味と用法の違いを曖昧に理解している

・言外の意味を含めて使っている

この資料、できるだけ/なるべく今日中に仕上げてくれるかな。

 

もし上司にこう言われたら、あなたはどうしますか?

「今日中に仕上げろ、ってことだな」

僕はこう受け取ります。

おそらく、受け手がこのように受け取るということは、
発言している本人(上司)も同じ意味で使っている可能性がかなり高いと言えます。

「この資料、できるだけ/なるべく今日中に仕上げてくれるかな」

上司:(この資料、今日中に仕上げてくれ)
部下:(この資料、今日中に仕上げなきゃ)

つまり、これがこの文から考えられるお互いの「共有事項」となるのです。

外国人の場合

では、同じ日本人同士だったら共有できることを、外国人とも共有することができるでしょうか?

様々なケースがありますから、できる、できないとはっきり言うことはできません。

しかし、知っておかなければならないのは、

「どう受け取られるかわからない」可能性が非常に高い
「誤解を招く」可能性が非常に高い

表現の仕方だということです。

もし外国人がこれらの表現を辞書で調べた場合、冒頭で書いたような説明が出てきます。

「可能であれば」

この説明通りに受け取ってしまうと、トラブルになりかねないことがわかるでしょうか?

上司「この資料、なるべく/できれば 今日中に仕上げてくれ」
部下「はい、わかりました(…できなければ今日中じゃなくてもいいのか)」

〈その日の夜〉

上司「資料、できた?」
部下「いいえ。今日はできませんから、明日出します」
上司「…」

 

相手の発言の真意を読む、発言自体ではなく相手の気持ちを考える。

これは外国人にはハードルが高すぎますし、私たちはこれを彼らに求めてはいけないと思います。

まずそれを我々日本人が理解するところから、円滑なコミュニケーションの第一歩が始まります。

日本語という文脈依存の高い言語(ハイコンテクスト)を我々は使っていることをまず私たち自身が理解しましょう。

どうすれば?

では、具体的にはどうすることがいいのでしょうか。

外国人にこの難しい言語に慣れてもらうより、我々が使う言葉に気をつけてあげればいいのです。

「この資料、今日中に仕上げてください。明日ではありません。今日です」

・複文でなく、短文で話す→上の文では3文にしています

・一言添えてあげる→「明日ではありません」「今日です」を足してあげています

・含みのある紛らわしい表現は避け、はっきりと言う→「なるべく/できるだけ」はNG

これだけで、コミュニケーションのギャップは減らせます。

もちろん、我々が全てこのように考えて話すことには限界もありますから、
外国人自身にも日本語を学び続ける姿勢は求められると思います。

しかし、お互いの共通目的が

「円滑にコミュニケーションを行う」
「コミュニケーションのトラブルは避けたい」

ということで一致しているのであれば、お互いが歩み寄る努力をすることが必要だと思うのです。

日本語によるコミュニケーションギャップと聞くと日本語を母語としない人たちの問題と考えがちですが、
我々日本人にも原因があるのです。
そして私たちにも出来ることがあるのです。

こんな風に、少し見方を変えて外国人とのコミュニケーションを考えてみてください。

何かが変わるかもしれません。

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